町内公園の草取りに参加して ― 可憐なドクダミの花
- ishigami-clinic149
- 2024年6月6日
- 読了時間: 4分

ナンバンカラムシ

ドクダミの花
先日(6月2日 日曜日)午前7時から町内の公園で草取りがありました。1〜2週間前に熊本市から除草して頂いていたので、草が茂っているという状況ではなく、公園周辺の取り残された草を取る作業で、小一時間で終了しました。当クリニックにお掛かりの方も参加されており、診察室内とは異なった内容のお話しをすることができました。一人の方は「草取りは、無心に草を取るのでストレス解消にはなるが、終わった後は相当足腰が疲れる。」と言われていました。日頃の診療においても、自宅の草取りを長時間して具合が悪くなったと時々耳にします。ストレス解消とまではいかなくても、途中で草取りを止められずに頑張り過ぎてしまうことが原因と思われます。草取りは、日中の暑い時間帯を避け、予め時間を区切って、無理しないことが肝要と感じています。
公園周りにシソに似た、少しシソより大振りの草が生えていました。その草の名前を尋ねると、「スマホでGoogleアプリを開きGoogleレンズで写真を撮ると草の名前が分かりますよ。」と教えて頂きました。教えて頂いた通りに写真を撮ってみると、直ぐに“ナンバンカラムシ”という名前がスマホ画面に表示され、詳しい解説も載っていました。お陰で私の使えるITが一つ増えました。さらに補足ですが、このブログを書いている時、当院の職員さんの一人が、「私が小さい頃は、この草をポンポン草と言っていて、手の上に載せて上から叩くとポンといって割れるので、遊んでいた。」と教えてくれました。昔は笹の葉から草笛を作ったり笹舟を浮かべたり、ムラサキカタバミ(の芯)を絡ませて引き合う相撲をしたり、ポンポン草をポンと割り音を楽しんだり、草がもっと身近にあったのだなとしみじみと思いました。
数年前に放送された、植物学者牧野富太郎さんをモデルにしたNHKの朝ドラ「らんまん」で「雑草という草はないからね。必ず名がある。どの草花にも必ずそこで生きる理由がある。この世に咲く意味がある。必ず!」と、主人公の槙野万太郎(神木隆之介さん)が熱く語っていました。名前も知らない草を取りながら(一つはナンバンカラムシと分かりましたが)、「らんまん」が思い出され、確かに何事に対しても名前を知ることが最初の一歩だと改めて思いました。「らんまん」の話の流れで「今の朝ドラも面白いですよ。」と参加者のお一人から教えていただきました。「雑草」と言えば、最近はあまり聞きませんが、私が子供の頃は「雑草のように逞しく生きろ!」という言葉をよく耳にしていたような気がします。
私の自宅にはドクダミが所狭しと群生しています。ドクダミは抜いても抜いても毎年必ず生えてきて、本当に逞しい草です。かなり以前のことになりますが、朝日新聞のコラム”折々のことば”に「ドクダミはその名前からは想像もできない様な白い小さな可憐な花を咲かせる。」とありました。それまでは毎年ドクダミを見ていたはずなのに、その花を見たことがなかった(見ていなかった)ことに気付かされました。初めて意識して見たドクダミの花は、確かに4枚の白い小さな可憐な花でした。それからは春にドクダミが花を付けると、その花に目がいくようになり、記事のその一部分が思い出されるようになりました。このブログを書くにあたりドクダミを調べたところ、白い小さな可憐な4枚の花びらに見えたのは実際は花びらではなく葉が変化したもので、花自体は4枚の白い花びら様の葉から突き出た野菜のベビーコーンのような部分にぎっしり詰まっていると知りました。確かにそうであっても、”4枚の白い小さな可憐な花”であることには違いがないと思っています。母親が「ドクダミは薬としても使っていた。」とその薬効を教えてくれたのをおぼろげに覚えています。その具体的内容がはっきり確認できなかったので、このことに関しては筆を進めませんが、ドクダミの思い出の一つです。
町内の公園の草取りに参加し、色んなことに思いが巡らされた初夏のよい一日だったと感じています。
長々と書いてしまいましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。
このブログは推敲の際に石神先生の奥様、職員の皆様に大変お世話になりました。この場を借りてお礼を申しげます。