糖尿病の食事療法
糖尿病には食事療法が基本と言われても、実際にどうすればいいのかわからない。難しそう。糖尿病の食事療法を始めると何でもは食べられなくなってしまうのでは? これらの疑問・不安に答えるために診療の一部として栄養指導を受けられます。当院では糖尿病療養指導士である管理栄養士が丁寧に分かりやすく食事指導を行っています。
糖尿病の食事療法の基本的なこと
1) 適正なエネルギー摂取を心がける
2) 栄養素バランスの良い食事を摂る
3) 規則正しい食習慣を身につける
の3つに尽きます。
これから糖尿病の食事療法を少し紹介していきます。糖尿病の食事療法に少しの時間お付き合いください。
栄養素のバランスの良い食事とは
栄養素のバランスの良い食事とは、炭水化物、たんぱく質、脂質のエネルギー産生栄養素(3大栄養素)の割合が適切であり、ミネラル・ビタミン・繊維成分を過不足なくバランスよく含んだ食事をいいます。糖尿病の食事療法とは、総エネルギー量とエネルギー産生栄養素(3大栄養素)の摂取量を決めることに他なりません。
総エネルギー量の決定
まずは、その人に合った適切なエネルギー摂取量の決定から始まります。適切なエネルギー摂取量は目標体重とエネルギー係数(身体活動量により決定される定数)によって求められます。
目標体重の目安
目標体重(65歳未満)=身長(m)×身長(m)×22
目標体重(65歳以上)=身長(m)×身長(m)×22〜25
身長(m)×身長(m)×22は、その身長の標準体重と同一です。65歳未満では目標体重と標準体重は同じ値になりますが、65歳以上では標準体重より少し重い方が長生きをするというデータもあります。目標体重はあくまでも、日本人全体としての値であり、骨格が太い人・筋肉質な人は標準体重より少し重めを、その人の目標体重と個別に設定してもいいかもしれません。
1日の適切なエネルギー摂取量の目安
適正エネルギー摂取量 (kcal) = 目標体重(kg)×エネルギー係数
BMI (Body Mass Index )
肥満・やせの体格指標であるBMI (Body Mass Index )という計算式をよく目にされると思います。
BMIの計算式:BMI=体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)
ご自身のBMI≧25が肥満となりエネルギー摂取過多の可能性があり、BMI<18.5が低体重(やせ)となりエネルギー摂取不足の可能性があります。BMI<20.0で低栄養傾向と考えられます。
日本肥満学会の診断基準を示します。
BMI 値
18.5未満 やせ型
18.5〜25未満 普通体重
25〜30未満 肥満(1度)
30〜35未満 肥満(2度)
35以上 肥満(3度) 高度肥満
令和元年の報告では日本人男性の33.0%が肥満で、3.9%が”やせ”、日本人女性の22.3%が肥満、11.5%が”やせ”であり、特に20歳代女性では20.7%が”やせ”とされています。65歳以上の高齢者の低栄養傾向(BMI≦20.0)の割合は男性12.4%、女性20.7%と報告されています。[令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要]
エネルギー産生栄養素(3大栄養素)の摂取バランス
炭水化物、たんぱく質、脂質のエネルギー産生栄養素(3大栄養素)の摂取バランスを決めます。
炭水化物:総エネルギーの50〜60%
たんぱく質:13〜20%(注1)
脂質:総エネルギーの20〜25%(注2)
が推奨されています。
注1:たんぱく質の割合は18〜49歳で13〜20%、50〜64歳で14〜20%、65歳以上で15〜20%
注2:(30%を超えない):脂質摂取量が25%を超える場合には、不飽和脂肪酸で補うようにとされています。
炭水化物は1gが4 kcal、たんぱく質は1gが4 kcal、脂質は1gが9 kcalですので、それぞれからの摂取エネルギー量を炭水化物は4、たんぱく質は4、脂質は9で割れば、炭水化物量(g)、たんぱく質量(g)、脂質量(g)が求められます。
食品交換表
この数字を目安に実際に食事療法を行うときに参考になるのが、日本糖尿病学会の「糖尿病食事療法のための食品交換表」です。食品交換表ではエネルギー計算が簡単にできるように単位というスケールを導入しています。1単位=80kcalで換算します。食品交換表を参考に炭水化物量、たんぱく質量、脂質量を決めていきます。食品交換表に慣れると、意外と容易に食事療法が理解できます。
食品交換表では、炭水化物を多く含む食品、たんぱく質を多く含む食品、脂質を多く含む食品、ビタミン・ミネラルが多い食品に分け、食品を表1から表6、および調味料に分類します。
炭水化物を多く含む食品は表1と表2に分類され、表1は穀類・芋類・炭水化物の多い野菜等で主に主食として食べられます。表2は”くだもの”です。
たんぱく質を多く含む食品は表3と表4に分類され、表3は肉、魚、卵、大豆とその製品、チーズです。表4は牛乳と乳製品(チーズを除く:チーズは表3に分類)です。
脂質を多く含む食品は表5に分類され、油の他にマヨネーズ、バター、ベーコン、ピーナツ、アボカド等を含みます。
表6はビタミン・ミネラルや食物繊維を多く含む食品で、野菜、海藻、きのこ、こんにゃく等が含まれます。
みそ、みりん、砂糖などの調味料は表1〜表6以外に別枠で分類されます。
食品交換表に記載されている、各グループ1単位に含まれる炭水化物量(g)、たんぱく質量(g)、脂質量(g)も非常に参考になります。
それでは、実際の栄養指導を順に沿って体験してみましょう。
一番肝心なのは総エネルギー量と炭水化物によるエネルギーの割合を決めることです。
総エネルギー量
まず最初に総エネルギー量を目標体重と身体活動量によるエネルギー係数から決めます。
具体的には架空の55歳男性例で見てみましょう。
例えば、55歳男性で、身長172cm、体重 70kg、デスクワークの仕事と仮定します。
1) 目標体重は1.7×1.7×22=65.1(kg)となります。
2) 今のBMIを計算します。BMI:70÷1.7÷1.7=23.7、 ほぼ標準体型〜やや大きめと判断します。
3) エネルギー係数は[軽い労作の25〜30kcal]となり、ここでは28と決定します。
4) 適正エネルギー量は 65.1×28=1823 kcalとなります。
次にエネルギー産生栄養素(3大栄養素)の割合を決める
炭水化物:総エネルギーの50〜60%
たんぱく質:13〜20%(注1)
脂質:総エネルギーの20〜25%
55歳男性で、身長172cm、体重 70kg、デスクワークの仕事の方のエネルギー栄養素の比率を炭水化物60%、たんぱく質 17%、脂質 23%にしてみます。
ここで、炭水化物の割合を総エネルギー量の55%や50%と低く設定すると、タンパク質が目標体重1kgあたり1.2gを超える場合があり、糖尿病腎症2期以降の方に不向きな場合もあります。または脂質量をギリギリまで増やして対応することとなります。ここでは一般的な60%を選択してみました。
次に、この比率を達成するには具体的にどうするか。ご自分で食品成分表示を基に計算して組み立てるにはかなりの経験と知識が必要で、簡単ではありません。ここで登場するのが食品交換表です。食品交換表は総摂取エネルギー量と炭水化物の割合いを基に、表1〜調味料をどのくらいにすればいいかの雛形をいくつも示してくれています。その中から最も近い雛形を参考に表1〜調味料の量を決めていけば、結果的に目的とする炭水化物・たんぱく質・脂質の比率のなります。
食品交換表を用いて実際の食品を配分してみましょう。
1) 1823 kcal を食品交換表の単位に置き換えます。1823÷80≒23となり、23単位の食事を考えます。
2) 食品交換表に1日23単位(1840kcal)・炭水化物60%の食事の表1〜調味料の配分例が載っています。
3) 表1 : 12単位、表2 : 1単位、表3 : 5単位、表4 : 1.5単位、表5 : 1.5単位、表6 : 1.2単位、調味料 : 0.8単位。
となります。
血糖コントロールで一番重要なのは炭水化物量です
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表1 穀類・芋類・炭水化物の多い野菜等(主食)と表2“くだもの”が血糖値の上昇に直結します。表2 “くだもの”は1日1単位と決まっていますので、それ以上に食べることを控えればOKです。いちばんん肝心なのは表1穀類・芋類・炭水化物の多い野菜等(主食)の量を守ること、バラツキを少なくすることです。
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架空の55歳男性、1840kcal、炭水化物60%、たんぱく質 17%、脂質 23%に食品交換表の雛形を当てはめ、表1は12単位となります。これを(朝食 4単位、昼食 4単位、夕食 4単位)と割り振ります。
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小さい茶碗軽く半杯のご飯(50g)が1単位なので4単位はご飯 2杯に相当します。パンでは6枚切りの半分が1単位なので4単位は2枚に相当します。麺は乾燥麺であれば、うどん、スパゲティ、そば、いずれも20gが1単位です。4単位であれば80gになります(注1)。
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じゃがいも・さつまいも・さといも・れんこん・かぼちゃ等も表1に含まれますので、これらを食べる時は、その分ご飯・パン・麺を減らします。
炭水化物量(表1主食の摂取量)を守ることが、糖尿病食事療法の成否の鍵です。
注1:乾燥うどん麺 80g(4単位)をゆがいて食べても、食べ足りない感じがすると思います。でも、この量以上は糖質の摂取過多となりますので、サラダや卵等、表1・表2以外の食物を食べられてください。
たんぱく質
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たんぱく質を多く含む食材は、表3と表4の乳製品ですが、表4の乳製品は1日1.5単位(どの摂取エネルギー量でも1.5単位に固定)とされていますので、たんぱく質をどれだけ摂るかは、たんぱく質を多く含む表3からどれだけ摂取するかで決まります。表3は5単位摂取ですので、これを(朝食 1単位、昼食 2単位、夕食 2単位)と割り振ります。
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表3の中の食品を見ていくと、納豆40g(1パックは40〜50g)、鶏卵1個、肉はおおよそ30〜60gが1単位で、魚は30〜100gが1単位となっています。肉・魚ともに脂肪分を多く含んだもの(牛ロース、ブリ、マグロ)は30gが1単位とされています。ウインナーは30gが1単位(1本20g前後が多いようです)、ハムは40gが1単位(1枚10g前後)です。これらから5単位の副食を作ります。豚もも肉120gで野菜炒めを作ると表3を2単位含むこととなります。
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表4乳製品は1.5単位/日なので、牛乳であれば180 mLに相当します。牛乳が嫌いでなければ、1日に牛乳180mLを飲んでも大丈夫ということのなります。牛乳180mLは無糖ヨーグルト180mLに換えることができます。
ちなみに
この架空の男性のたんぱく質からの摂取エネルギーは1840×0.17=313 kcalとなります。たんぱく質は1gが4kcalなので313÷4≒78、つまり1日のたんぱく質摂取量は78gとなります。食品交換表を元に献立てた表1 : 12単位、表2 : 1単位、表3 : 5単位、表4 : 1.5単位、表5 : 1.5単位、表6 : 1.2単位、調味料 : 0.8単位に含まれるたんぱく質を計算すると合計で76.2gとなり、目標のたんぱく質量と極めて近い値となっています。
たんぱく質摂取の目標量は18〜49歳で13〜20%、50〜64歳で14〜20%、65歳以上で15〜20%とされています。2019年の調査でのたんぱく質摂取は、男性で14.2〜15.2%、女性で14.7〜15.8%となっており、目標量の正常下限辺りにあります[令和元年国民健康・栄養調査結果概要]。
脂質
脂質から摂取するエネルギー量は炭水化物摂取量、たんぱく質摂取量が決まると、自動的に決まります。
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食品交換表を元に献立てた食事は、表1 : 12単位、表2 : 1単位、表3 : 5単位、表4 : 1.5単位、表5 : 1.5単位、表6 : 1.2単位、調味料 : 0.8単位でしたので、表5の脂質を多く含む食材から1.5単位分摂取すればいいことになります。
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表5の食材の1.5単位は植物油 15g、マヨネーズ 15g、ドレッシング 30g、バター 15g、アーモンド・ピーナッツ 23g、ベーコン 30gになります。
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表5以外にも脂質が含まれており合計すると34gになります(詳細は割愛)。表5の脂質を多く含む食材 1.5単位には13gの脂質が含まれており、併せて47g(47×9=423kcal)になります。この値は、1840kcalのうちの23%が脂質(1849×0.23=405kcal)と極めて近い値となっています
脂質の摂取割合は20〜25%とされていますが、糖尿病性腎症の方でタンパク質制限がある場合や、糖質を抑えた食事の場合には、脂質摂取量が25%を超える場合もあります。その場合は、動物性の脂質より、植物性や魚の脂質を、飽和脂肪酸を多く含んだ油より不飽和脂肪酸を多く含んだ油で不足分を補うようにします。調理法の工夫でで脂質摂取量を多くしたい時は、チャーハンや揚げものにして調理油を増やしたり、バター・マーガリン、マヨネーズを付け加えます。減らしたい時は、油を使った炒め物やマヨネーズ・ドレッシングを控えます。
飽和脂肪酸・不飽和脂肪酸とは
脂肪酸は-CH2- が鎖のようにつながり、最後にカルボキシ基(COOH)がつく構造をしています。
飽和脂肪酸は全て飽和結合の脂肪酸です。
不飽和結合(二重結合)があるものが不飽和脂肪酸です。
不飽和結合(二重結合)が1個のものが一価不飽和脂肪酸。
不飽和結合(二重結合)が2個以上のものが多価不飽和脂肪酸。
不飽和脂肪酸は不飽和結合(二重結合)のところで折れ曲がる構造を取ります(シス結合)。
カルボキシ基の反対の端の炭素( C )からω(オメガ)1、ω2、ω3、… と順に番号が付けられています。
ω3の炭素( C )が不飽和結合(二重結合)となっている脂肪酸がω3脂肪酸(n-3系脂肪酸)で、リノレン酸(ω3、ω6、ω9に二重結合)と魚の脂質のDHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)が代表です。
ω1から数えてω6の炭素( C )に最初の不飽和結合(二重結合)がある脂肪酸がω6脂肪酸(n-6系脂肪酸)です。98%はリノール酸(ω6、ω9に二重結合)です。
脂肪酸は炭素( C )の数が多くなると融点が高くなります。同じ炭素数では不飽和結合(二重結合)の数が多くなるほど融点が低くなります。融点が高いとは個体から液体になる温度が高いという意味です。
脂質が飽和脂肪酸を多く含んでいるか、不飽和脂肪酸を多く含んでいるかを簡単に見分ける方法は、常温(または冷蔵庫内)で固体か液体かを見ればすぐ分かります。バターは飽和脂肪酸を多く含んでいますので常温でも固体です。
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飽和脂肪酸は体内合成が可能であり、必須脂肪酸ではありません。高LDLコレステロール血症の主なリスク要因の一つであり、心筋梗塞を始めとする循環器疾患の危険因子とされています(参考サイト1)。一方、飽和脂肪酸摂取が脳出血を低減させたとの報告もあります(参考サイト2)。
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一価不飽和脂肪酸:一価不飽和脂肪酸摂取量と総死亡率、循環器疾患死亡率、脳卒中死亡率の間に有意な関連は示されていませんが、「一価不飽和脂肪酸摂取量/飽和脂肪酸摂取量」比は総死亡率、循環器疾患死亡率と有意な負の関連が示されており、飽和脂肪酸より相対的に一価不飽和脂肪酸が循環器疾患の予防に寄与していると考えられています(参考サイト1)。
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多価不飽和脂肪酸はω6脂肪酸(n-6系脂肪酸)とω3脂肪酸(n-3系脂肪酸)に分類されます。
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ω6脂肪酸(n-6系脂肪酸):日本人が摂取するn-6系脂肪酸の98%はリノール酸(ω6、ω9に二重結合)です。リノール酸は二価不飽和脂肪酸であり、必須脂肪酸です。リノール酸は冠動脈疾患を予防する可能性が示唆されています。不足すると皮膚炎等を生じるとされます((参考サイト1))。
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ω3脂肪酸(n-3系脂肪酸):ω3脂肪酸(n-3系脂肪酸)は体内で合成できず必須脂肪酸で、不足すると皮膚炎等を生じます。リノレン酸、EPA及びDHAが主なω3脂肪酸(n-3系脂肪酸)で、EPA及びDHAの摂取が循環器疾患の予防に有効であると多くの報告があります。α-リノレン酸にも弱いながら循環器疾患予防効果が示されています(参考サイト1)。
以上をまとめると、
飽和脂肪酸の過剰摂取は循環器疾患のリスクとなる。
一価不飽和脂肪酸、ω6脂肪酸(n-6系脂肪酸)は飽和脂肪酸より循環器疾患のリスクが相対的に低い。
ω3脂肪酸(n-3系脂肪酸)であるEPA及びDHAは循環器疾患の予防に有効。
脳出血予防のため飽和脂肪酸も必要。
最後に普段購入する「油」についてまとめてみました
紅花油:リノール酸が最も多く含まれている植物油です。リノール酸は必須脂肪酸で、アレルギーの改善や動脈硬化予防など効果があります。以前はリノール酸の健康に良い効果に期待がかけられリノール酸を多く含んだ紅花油が人気を呼びましたが、過剰摂取により高コレステロール血症、乳がん、前立腺癌、大腸癌、アレルギー疾患との関連性が過去に発表されたこともあり、オレイン酸の割合を多くしたハイオレイック紅花油が生まれました。オレイン酸には活性酸素を抑え抗酸化作用があります。